[漢方の歴史]漢方存亡の危機

こんにちは。

奈良漢方薬局です。

大雨の被害が報告されていますね。

岐阜でもずっと雨が降っています。

皆さんも安全に週末をお過ごしください。

 

さて、漢方エキス製剤が世に出て

昨年で50年を迎えました。

今では医療の場でおなじみとなった漢方薬ですが、

かつて存亡の危機に陥ったことがあります。

今回は、そういった漢方の歴史を少し。

 

 

江戸時代の医師は漢方と蘭学を合わせた折衷派などが存在しましたが、

ほとんどが漢方医でした。

 

明治に入っても、開業医の大半を漢方医が占めており、

西洋医はわずかでした。

しかし、政府の推し進める近代化によって漢方は瀕死の危機を迎えるのです。

 

1874年((明治7年)に「医制」を発布し、西洋医学に基づいた医療制度を推進しました。

新しく開業するものは医科大学、もしくは医学専門学校を卒業し医師免許を取得していなければならなくなり、

さらには医学教育から漢方が外されたことで、漢方医が激減し、衰退の一途をたどります。

 

しかし、漢方医が激減し衰退していく中、漢方を終わらせまいと奮闘した漢方医がいました。

瀕死の危機に瀕した漢方の研究と続け、漢方を発展させ後世に残してくれた人たちがいました(注釈)。

この偉人たちのおかげで瀕死ではありながら、漢方が生き永らえることができたのです。

 

1950年以降、西洋医学の限界や安全性などの問題から再び漢方が脚光を浴び、

1960年には生薬が薬価基準に収載されます。

1967年には漢方エキス製剤6処方が初めて薬価基準に収載され、

保険が適用できるようになりました。

 

その後少しずつ復興を遂げ、

はじめは6処方だった漢方製剤は現在では148処方も収載されており、大半の医療機関で漢方薬が使用されています。

 

(注釈)漢方の復興に貢献した偉人達

・浅田 宗伯 先生 ・和田 啓十郎先生 ・ 湯本 求真先生  

・大塚 敬節先生  ・矢数 道明先生  他

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